04取材記録」カテゴリーアーカイブ

こんにちは。食文化スタッフの八下田(ヤゲタ)です。

先日福島県の桃の生産者さんにお会いしてきました。
最後に訪れたのは、凄腕生産者の古山さんです!

続きはこちらから・・・
777の日に福島県の桃の生産者さんにお会いしてきました【本当に最後の後編!】

(by ㈱食文化 八下田)

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富山県入善町に行ってきました!
選果場で私が持っているのは23キロ
もっと大きいものもあります。

自宅の畑で切っているのは小振りの16キロ
小振りと言っても息子と大差なし!
果肉の赤が濃くて、見た感じは果肉は柔らかそうですが、
シャリ感十分!味も良いです!
西瓜の味!という印象です。

息子が4分の1の入善ジャンボ西瓜でしむけん食い!
「おとうさん おもいよ!むり!」
だそうです。

カットすると、なおさら真紅が際立ちます。

・おすすめ季節のフルーツは→こちら

(by ㈱食文化 代表取締役 萩原章史)

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スタッフの川口です。
萩原とともに奥さくらんぼ農園を訪ねました。

さくらんぼの名産地、横手市十文字に明治17年に開園した歴史ある農園です。

奥さんとはうまいもんドットコムとお付き合いを始めて、
かれこれ10年近くになる秋田十文字のさくらんぼ農家さんです。
園地はシーズンになるとさくらんぼ狩りに開放され、
近くの子供たちがやってくるのを楽しみにしています。
そんな奥さん、土作り、新品種の研究にも熱心な凄腕生産者さんです。

訪れたのはGW明け。花が散ってすぐの状態で、
沢山の葉っぱで木が栄養を蓄えているところでした。

雑草たちも美味しいさくらんぼを育てるため
土作りに貢献してくれているのです。奥さんは雑草学にも熱心です。

まだ実が成っていないので全然わからないですが、ここには30種類ものさくらんぼの木があります。
農園の歴史が古いこともありますが、
大産地山形県のそばにあって、佐藤錦といえば山形東根!という中で、
多品種育てることこそが生き残る術だったのでしょう。
ズンズン進みながら、一本一本、品種ごとに説明してくれています。

系統や個体の違いを説明してくれています。
「これは花笠錦でよ、登録から10年くらいの新しい品種だけんど、佐藤錦に似てんだ」
「似てるから、お客さんに届けたら一緒なのがきたーって言うんでねぇべか」
「こっちじゃ柔らかい方が好まれるんだども、都会だと粒が大きくて硬いのが人気みたいだけんどよ」
とかそういうことを話しながら歩いてます。


必死でメモした私のノート。
とりあえず、帰ってからもう少し調べよう。

ちなみにカメラマンが、必死でメモってる最中の私を素敵に撮ってくれた写真があるので
差し込んでおきます。プロってすごい。孫の代までとっておこう。

さて、奥さんとはただ今、宝箱のように色んな品種のさくらんぼが入った企画を考えているところです。
少なすぎてこれまで商品化出来なかったのですが、珍しいさくらんぼ達がたくさんあるので
それをご紹介しようと試みているところです。
箱屋さんに相談してみるからとのことで、私のラフ案を送ったところまでです。

今年中に間に合うか否か?!
まずはいつものように販売をスタートいたします。
乞うご期待です!

・奥さんのさくらんぼは→こちら

(by ㈱食文化 川口)

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スタッフの川口です。
5月14、15日で秋田に取材に行ってまいりました。

“うまいもんのお客様が喜ぶはず”と、ずっと気になっていた食材、
ヤツメウナギを入手するためです。

一緒に取材に同行していた大門商店の大門社長も、
「小さい頃よく食べたし、好きだったけど、確かに最近見ないっすなー」とのこと。

というわけで、ジャーーン!

なんと3月に北海道からやってきて、ずっと餌も与えてないそうなのですが、
こうして元気に生きているそうで。
とはいえ、捕る人が高齢化していて、年々やる人が減って減少傾向にあるそうです。

私も現物を見るのは今回が初めて。
どんな動きをするのか想像もつかないので、ドキドキでした!

取材から帰ってきた翌日、初めての調理!
弊社専属のカメラマンとともに、キャァキャァ言いながら調理に挑みました。

まず氷水の中に沈めます。10分もすれば静かになります。

あとはぶつ切りにします。ヌルヌルもしていないです。
洗い流さず、血も頭も尻尾もエラもまるごと食べられます。
捨てるところ一切なし!
鍋の調理画像は撮り忘れましたが、お好みの味付けにした出汁にくぐらせます。
(秋田ではゴボウを入れたり、味噌味にするみたいですが、豆腐とネギは必須とのこと)

開きの時は目打ちがあったほうが楽です。
串はシンプルに塩で。こんな感じで刺します。
すでに7つ穴が開いてるので、ある意味楽チンです。

で、お味の方はと言いますと。

「では。まいります。」
・・・・(モグモグ)・・・・
「おぉっ!結構いける!!確かに噂通りレバー感がある!」
「口のところも気持ち悪いどころか、むしろ一番旨いかも!」

川の生き物ならではの滋味深さがありました。
「やっぱ酒だよなぁ」と、冷蔵庫から酒を持ち出したかどうかはご想像にお任せします。

高齢化で捕る人いないという課題、なんとかならないかなー・・
我々はこういう食文化を大事にしたいんです。
食べたことある人、どの位いるでしょうか。
貴重な体験ができますよ!

今回は残っている12尾限定でのご案内です。
次のご案内は秋以降になると思います。

・入手困難「ヤツメウナギ」は→こちら

(by ㈱食文化 川口)

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まさにブッチャー魂を感じる店のロゴ

1955年創業の吉田ハム工場は母の生家のある、
静岡県吉田町にあります。

松本社長の手はごつくて太くて大きい

現在の社長、三代目の松本秋義さんはすごい手をしています。
何と言っても指が太くて大きい!

ロース肉が締め付けられていく!

この逞しい職人の握力と指先の感覚が究極のロースハムを
生み出します。

締め上げられた豚のロース肉たち ぱっつんぱっつん

ロース肉の成形や味付けは他の社員でもできるそうですが、
布で巻いて紐で縛る工程の仕上げは、松本社長にしかできないそうです。

松本社長(左)と私(萩原)

『お歳暮の頃はどうするんですか?』萩原
『ほとんど寝る間がなくて、工場で寝泊まりしているようなもんですよ。』松本社長

屈託の無い笑顔は職人魂の塊

まさに魂がこもる昔ながらのロースハム

分厚く切って、太い枝に刺して、焚き火で焼きたくなる、
昭和の逞しいスポ根大好き世代に刺さるハムです。

・吉田ハム工場の「極上ロースハム」は、→こちら

(by ㈱食文化 代表取締役 萩原章史)

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生産者の川添さんのヤギ牧場は臭いがしません。
周りは飼料を栽培する畑や田んぼが広がり、ヤギの住まいは超可愛い子ヤギがいます。

子やぎちゃん御免なさい

『申し訳ない!君たちの飯を横取りします!』そんな感じです。

自給自足のヤギの飼料
自給自足のヤギの飼料

全くヤギ臭くない川添さんのヤギミルクは、日量で25リットルしか搾れないです。
一般的な工場では、こんな少量のミルクを殺菌して瓶詰することは不可能です。

そこで登場したのが、高知のミルク業界のドン、ひまわり乳業の吉澤文治郎社長。
昔使っていた、ほとんど手作業の古いミルク製造ラインを復活させて、
このヤギミルクの製造販売許可を得ることができました!
ちなみに、吉澤社長(ぶんちゃん)は私、萩原の大学時代のサークルの同期です!
文ちゃん(左)と私(萩原)
文ちゃん(左)と私(萩原)

ぶんちゃんはLove高知の実に熱い男です。
高知のためなら、こんな面倒くさくて、お金にならないこともやってしまいます。
私も同期のためにひとはだ脱ぐ事にしました!

こちらでお求めいただけます。

子ヤギが生まれる春から秋にかけての特別なミルクです。
搾りたて新鮮なミルクをパスチャライズ(65℃30分の低温殺菌)、
ノンホモ製法で瓶詰めして直送します!
・川添ヤギ牧場 ヤギミルク→こちら

(by ㈱食文化 代表取締役 萩原章史)

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愛媛県の愛南町の吉田農場を訪ねて驚いたのは、
長い場合、河内晩柑を最長で17ヶ月も樹にならせ、
完熟も完熟!もう何と言うか、
自然界ではあり得ないような、熟熟状態までにしていることです。

樹には相当なストレスが掛かるのは間違いないですが、
味を極めるために、容赦なく河内晩柑の樹をいじめまくっています。
見た感じは普通の方ですが、やることはすごいです。

河内晩柑の樹齢に応じ、いじめ方も工夫するようで、
まさにスパルタで河内晩柑を幼女から熟女に仕上げる人物です。

河内晩柑の園地は見渡す広いエリアに点在していていますが、
吉田さんの頭の中では、樹の一本一本が認識されているようです。
まさに達人と言っても過言ではないです。
河内晩柑の世界で、この方の右にでる農家はいないと言われるのは当然でしょう。
もちろん、味も香りも食感も素晴らしいです。


4/2は当社16周年の記念日にあたります。
特別企画商品をご用意しており、そちらでお求めいただけます。
・創業16周年記念!特設コーナーは→こちら

(by ㈱食文化 代表取締役 萩原章史)

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今月24日に津軽海峡近くの大畑町を訪ねました。
目的は北彩漁業生産組合の海峡サーモン


船に乗って、沖合の生け簀も見てきました!
想像よりもずっとうまかった!


調理画像は家で試食した氷温熟成海峡サーモンです。
軽く塩をあてて熟成しているので、醤油は控えめが良いです。


秋田の須田さんの無農薬無化学肥料栽培のササニシキを炊いて、
いつもの横井醸造の江戸前寿司酢で、甘くない寿司飯を準備!


出汁を引いたので、香り高い茄子の味噌汁
薬味は細葱と茗荷


宮崎産のキハダマグロの中トロと海峡サーモンでちらし寿司
美しく、そしてうまい!
実際には海苔を手に持ち、少しずつ巻いて食べるとさらにうまい!

・須田さんたちが作ったササニシキは→こちら

(by ㈱食文化 代表取締役 萩原章史)

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仕上げ前、水を切って根の力を鍛える!

仕上げ前、水を切って根の力を鍛える!


大隈重信は人生125年説を唱え、
日本人で最初にマスクメロンを食べ、
最初にマスクメロンを栽培した人物と言われています。

マスクメロン協会を設立し、
早稲田の庭園でマスクメロンの品種まで作っています。
※品種名は早稲田

大隈候は大正9年7月にマスクメロンの試食会を開催し、
同年、新宿高野もマスクメロンの店頭販売を初めています。

現在の新宿御苑は内藤植物園と呼ばれ、
内務省が世界中から、様々な農産物の種や苗木、
畜産の品種を集め、研究をしていました。

マスクメロンも新宿御苑の地で研究され、
その研究情報が近くの早稲田の大隈邸に伝えられ、
早稲田の地でマスクメロンが栽培されていました。

ここ数十年間、マスクメロンの王座を譲らないクラウンメロンも
その頃に誕生しています。

真冬なのに圧巻の日照!ガラス張りピカピカの温室だからメロンが育つ!

真冬なのに圧巻の日照!ガラス張りピカピカの温室だからメロンが育つ!


温室メロン栽培を最初に手がけたのは大正13年。
その後、大戦の混乱などもありましたが、昭和30年代からは、
日本一と言わる産地となり、
現在もその王座は揺るぐことはないです。

左が井口さん、右が私(萩原)

左が井口さん、右が私(萩原)


私が訪ねたのは、クラウンメロン界に君臨する絶対王者と呼んでも過言ではない、
生産部長の井口さんの温室です。
井口さんは19年連続で最高単価を記録しています。

う〜ん!まさに唸る味

う〜ん!まさに唸る味


詳しいレポートは別に書きますが、19年トップは半端ないです。
つまり、外れがない美味なのです。

真冬なのに圧巻の日照!ガラス張りピカピカの温室だからメロンが育つ!

クラウンメロンは自家採種して秘伝の血筋を冷蔵庫で保管!


クラウンメロンは年に何と4回も品評会を開きます。
先頃、スカイツリーで開かれた品評会でも、井口さんは最優秀賞でした!
私も審査員でした。

私が訪ねた情報も紹介されています。

・品評会最高評価、井口さんの『クラウンメロン』は→こちら

(by ㈱食文化 代表取締役 萩原章史)

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香川県丸亀のご当地グルメ 骨付鶏
その歴史は私の人生よりも長く、
1953年、丸亀の居酒屋がハリウッド映画に登場するフライドチキンに
憧れて生み出したメニューです。
もう63年以上も前のことです。

私が骨付鶏を初めて食べたのは今から15年前。
ちょうど、うまいもんドットコムを始めた頃です。
骨付き肉には目が無い私。早速、取寄せたのですが、
その時の印象は『塩辛くて、化学調味料が効いている!』でした。
肉が固い分にはかまわないのですが、やっぱり、塩分は控えめで、
鶏肉の味を素直に味わいたいと思いました。

あれから15年、ある出会いがあり、究極の香川の鶏で調味料控えめで、
添加物や化学調味料を使わない骨付鶏の企画をお願いできることになり、
試行錯誤の結果、ついに完成しました。

製造をお願いした佐野さん(左)

製造をお願いした佐野さん(左)

原材料は讃岐コーチン、塩、大豆油 以上!

鶏の脂と大豆油に溺れる寸前の讃岐コーチン骨付きモモ肉

鶏の脂と大豆油に溺れる寸前の讃岐コーチン骨付きモモ肉

鶏肉の力だけで十分に美味しい!
そして、骨付きの醍醐味が味わえます。

ここまでくればB級なんて言わせない!

ここまでくればB級なんて言わせない!

昭和37年生まれの私も、アメリカのホームドラマに登場する、
鶏や七面鳥の丸焼きに憧れ、家では不可能(夢のまた夢)なので、
最高ランクのXmasのご馳走が骨付きモモ肉!の時代です。

昭和30年代の憧れの豊かさと、原始人からの骨付き肉への憧れを、
まとめて、無添加で仕上げた逸品です。
調理はとても簡単で、手が汚れることを気にしなければ、
ご年配から子供まで、楽しめるプチご馳走です。

昭和30年代の憧れだ!骨付きモモ肉

昭和30年代の憧れだ!骨付きモモ肉

昭和30年代、若くても昭和40年生まれくらいのオヤジの心に刺さる骨付鶏
添加物不使用で塩分控えめ!これなら、思いっきり食べても良いでしょう!

・讃岐コーチン 骨付鶏は→こちら

(by ㈱食文化 代表取締役 萩原章史)

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