スペインで魅了されて50年あまり
山口直毅さんのクレメンティン
クレメンティンはもともとアルジェリアで生まれた柑橘です。国内では、佐賀県の太良町が主産地です。生産者も限られているため、店頭ではほとんど見かけることはありません。
2023年、生産者の山口直毅さんから送られてきたクレメンティンは、大切に手をかけて栽培していることがわかりました。オレンジ色に染まったクレメンティンが、化粧箱の中に手詰めで丁寧に並べられている様子は、まるで宝石が詰まっているかのように美しいのです。
みかんの生産者であった山口さんは、1970年代半ばにクレメンティンの味に魅了されました。
高い糖度と香りの良さに、日本のみかんとは異なる魅力を感じ、自分の畑を半分ほどクレメンティンにしたほどです。
温州みかんの国内需要がピークとなった際には一度、クレメンティンの栽培をやめることになりましたが、
2005年に再度栽培を始めました。クレメンティンの味わいが忘れられなかったからだといいます。
「みかん作りが楽しくて
仕方ないんですよ。」
お会いした時点で
80歳を超えてなお現役
みかん作りを始めて60年、クレメンティンも50年以上作り続けている生産者から、「みかん作りが楽しくて仕方ない」との言葉が出ることが農業のすばらしさです。奥様も同様のことをおっしゃっていました。
山口柑橘園は、山口直毅さんのご両親が昭和8年にみかんの木を植えたことから始まります。「これからはみかんの時代が来るから枯らせるな」とのお父様の言葉を信じ、最盛期では4.5haまで園地を拡大しました。
クレメンティンを導入したのは1975年。みかん栽培をするなかで、早生みかんよりも早く収穫できる品種を扱いたい、と50品種ほど試験栽培をしていました。そのなかで出会ったのがクレメンティンです。実は小さく、病気にとても弱いものの、その味わいは鮮烈なものだったといいます。
当時の柑橘研究の第一人者佐賀大学農学部”岩政正男教授”に教えを受け、山口さんは研究室に通いつめながら、クレメンティンの栽培ノウハウを育んでいきました。
太良町では平成元年に50名のシトラス会を作り、皆で世界の柑橘を見て回ろうと、アメリカ、中国、韓国などをまわりました。クレメンティンの本場であるスペインには3回も視察に行きました。
今でこそ、クレメンティンは、地元の名産品として毎年テレビ取材が入るほどになりました。しかし、最初は知名度がなく、売り先を探すためにクレメンティンの小箱をわきに抱えて、大阪や京都の百貨店まで売り込みにいったそうです。
佐賀県太良町はみかんの町
温暖で穏やかな有明海の気候が柑橘栽培に適しています
佐賀県太良町は佐賀県最南端のみかんの町。山口さんの園地から見下ろすと、有明海では海苔の養殖がおこなわれているのが見えました。向かいには福岡県の柳川市、さらに遠くにはうっすらと熊本県が見えます。
太良町のキャッチコピーは「月の引力が見える町」です。有明海は国内最大の干満差を誇ります。太良町沖の干満差は一番大きく最大6メートルにも及びます。
栄養分が豊富なこの海で獲れる魚介類は素晴らしく、名産の竹崎カニ・竹崎カキ・海苔などの海の幸が豊富です。
みかん栽培に適した、海と山に囲まれた温暖な土地で、丘陵地・なだらかな地形が多く、日照傾斜・風通しなどが柑橘栽培にプラスになっています。
有明海からの潮風や多良岳からの陽光など、自然環境がみかんの風味に良く影響しています。
誰でも作れるわけではありません
収穫期は畑一面がオレンジ色に染まります
オログロス
オログロスは、通常は11月上旬から収穫できる早生(生育の早い)のクレメンティンです。柑橘らしい爽やかな風味もありつつ、一般的なみかんより深みがある味わいです。果汁もたっぷりでじょうのう膜(内皮)も一緒に召し上がれます。手で皮を剥いて、みかんのように召し上がることができます。
クレメンティン
スイートオレンジ(Citrus sinensis)と地中海マンダリン(Citrus deliciosa)の交配種です。原産はアルジェリア、地中海に面した国々で(モロッコ、スペイン、イタリア、イスラエル)地中海式農業として柑橘・クレメンティンが作られています。フランスの宣教師クレメント神父が広めたことにちなんで名付けられました。
クレメンティンの精油はフレッシュな香りでよく知られますが、国産の生食果実は希少です。佐賀県太良町では12月上旬から収穫。山口さんのクレメンティンは貯蔵や酸抜きをする必要がなく、とても濃厚な味わいです。生絞りジュースもおすすめ。オログロスと同様、手でも皮をむいて召し上がることができます。
現在ではクレメンティンの豊かな甘さを最大限引き出すために、自家製の液肥を土と葉面からたっぷり与えています。北海道の昆布、わかめの出汁や糖蜜をブレンドし発酵させる贅沢な液肥です。山に育つ果樹は、海にしかない栄養素が大好きで、もう一個食べたくなるコクが生まれるといいます。
2026年4月には
60歳以上年下の後継者が誕生します。
現在ご家族3人で広い農園を管理していますが、この度お孫さんが2026年3月に農業大学校を卒業して、園地を継ぐために入ることになりました。
山口さんの園地は、綺麗に草が刈られて手をかけているのがよくわかります。しかしこんなにも美しい園地でも、何もしなければ3年後には雑草と木が生い茂り再起できない状態になります。過去に耕作放棄したみかん園地をいくつも見ましたが、すぐに山の一部になってしまうのです。
農業は後継者不足が深刻ですが、山口さんの素晴らしい仕事を見て育った後継者がいることを、うれしく感じます。山口さんには生涯現役、これからも美味しいみかん・柑橘作りを期待しています。
文:赤羽 冬彦



