江戸時代から伝わる、能代の桶と樽の技術
創業1846年 樽富かまた 第11代 鎌田勇平
昭和八年(1933)生まれの 鎌田勇平
18歳で樽の道に入り、半世紀を超える修行が寸分違わぬ杉の美具を生みます。
樹齢二百五十年の天然秋田杉から、樹齢八十年の人工林の秋田杉まで、鎌田の腕にかかれば、細かな端材までも命を得て、様々な器でその力と美を発揮します。
平成7年に、樽づくりにおける現代の名工(卓越技能章=国指定)を受賞した腕は、まさに日本の樽作りの頂点を極めていると言っても過言ではないです。
緻密な手作業とぎりぎりの機械化が、鎌田の仕事の真骨頂
杉の樽や桶を作り上げるまでには、48手もの工程があるそうです。杉材の手当から、切り出し、乾燥、様々な加工工程。それぞれの作業の機械化を進めながら、手作りの品質を維持するのが、鎌田の仕事の特徴です。
貴重な天然秋田杉 一片たりとも無駄にしない
樹齢200年から250年の天然秋田杉は非常に貴重です。正確には、ほとんど新規の入手が困難なので、樽富かまたでは、細かな材料まで本当に無駄にしません。
また、樹齢80年くらいの人工林の杉も生かせるように、色々な製品化に挑戦してきました。非常にきめ細やかな木目に感動する小さなマグカップなどは、細かな材料を大切にしている究極品です。
一流料亭や著名人からの注文に応える 鎌田勇平
『時間さえあれば、作れないものはない』 鎌田さん談
鎌田さんの工房を訪ねると、様々な作品が置いてあります。酒樽の類だけでも、地方ごとの特徴があり、微妙に違います。
その昔、子供を寝かしていた大きな桶、湯豆腐の桶、鰻重の器、様々な酒器
本当に 『作れないものはない』 という言葉に説得力があります。
某名門百貨店でたびたび実演販売を続ける鎌田さん その技術の素晴らしさは理屈を超えて納得です。
全国の有名料亭や著名人から、数えきれないほどの特注品を請けて製作してきた、その探究心と努力は衰えることはないです。
日本の醗酵食品は杉樽文化 もちろん、お櫃に杉は最高
全国各地の醸造元で使っている木樽は杉製です。杉は日本の気候に最も合い、発酵の現場や食の現場で重宝されてきました。
残念ながら、保健所の指導もあり、多くの醸造現場は杉樽から、通気性のないプラスチックの樽に変わってしまいました。そうした時代の流れもあり、杉樽の需要は猛烈な勢いで減ってしまい、作る職人も減ってしまい、まさに、絶滅の淵に立たされていると言っても過言ではないです。
味噌・醤油、漬物。発酵は微生物のなせる技です、呼吸ができる杉樽は一見不衛生のように見えますが、理にかなっていると思います。
最高の素材で究極のお櫃(おひつ)
鎌田さんの作品に使われている、細かな年輪の柾目(まさめ)は、樹齢が長く、太い木からしか取れません。緻密な柾目は反りにくく、割れにくいので、最高の素材です。
杉のお櫃(おひつ)を横から見れば、縦に木目が走っています。また、下よりも上の直径が少し広い構造です。この組み合わせで、ご飯の水分が上と横に抜けるので、木に無理もなく、長期間の使用に耐えることができます。
タガは金物ではなく竹を鍛えます
日本の気候は温度変化も湿度変化も大きいです。
つまり、杉は膨張と収縮を繰り返します。その為、タガが金物では、必ず長い間には緩んでしまいます。その点、竹は伸縮しますので、樽をきっちりと締めてくれます。
(写真右:金のタガは使わないのが鎌田の主義)
もちろん、修理もしてくれます
鎌田さんは新品を作るだけでなく、古くなった桶や樽の修理をしています。何百年も生きた秋田杉を切って道具にするのですから、少なくとも、百年くらいは大切に使い続けたいものです。ひ孫、玄孫の代まででも使えるのが、本物の証です。
昔の日本人の生活は実にエコなライフスタイルだったと思います。無駄を慎み、自然やお百姓さんに感謝をして、どんな道具も大切に使い、自然と共存して持続可能な経済社会を構築していたわけです。
鎌田さんの奥さんが、お客様と電話で話をしている内容を小耳にしました。
『金属を使っていないから、電子レンジでも大丈夫だけど、お櫃には辛いから、しないであげてね・・・』